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メッセージ

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1月8日  
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    2014年12月20日にネット上(http://www.tabroid.jp/news/2014/12/matsumoto4.html)でアップされた自分のインタビューについて、順を追って書いていきたい。

    私の最新刊『そこにすわろうとおもう』(赤々舎刊)という写真集には、300人の性交の写真が収録されているが、その写真撮影と、インタビュー冒頭で話したタイでの写真撮影はまったく別のものであることをまず明示しておきたい。その部分についての誤解が流布している。

    『そこにすわろうとおもう』は、被写体全員の撮影又は写真の使用許諾を取得し、契約書を交わした上で(撮影モデル達はAV関係のプロの男優女優であり、すべての撮影経費は大橋仁の自己負担)、日本のスタジオで撮影したものである。無人島を貸し切った事実も一切ない。

    今回話題になったタイの撮影(東京都写真美術館での展示作品)と、『そこにすわろうとおもう』は完全に別シリーズで、関係がなく、全く別のシリーズであることをまずご理解頂きたい。

    『目のまえのつづき』(青幻舎刊)という自分にとって初めての写真集を出したのが、1999年、19才から25才までの6年間、自分の生活の中のあらゆる瞬間にカメラを向けていた。街、犬、セックス、長く付き合った彼女との別れの朝、障害を負った義父の刃物での自殺未遂、その復活(人間とはそもそもあまりにも存在が不確かな生き物、人間同士、お互いの関係性だけが唯一その存在を確かめ合っている)、人間の持つ不確かな絶望と希望。その頃、濃い霧の向こうから伸びている一本のロープを、生と死、幻と現実、希望と絶望、実はそれらを自ら宿している己の命を乗せた肉体から、けして理解する事などできない程途方もなく深く大きく、そして厳然とそこにある肉の気配を、血の予感をたぐり寄せはじめていた。

    2005年は、ある幼稚園で130人程の子供達の四季の姿と、10組の妊婦の出産シーンを1年8ヶ月かけて撮影し構成した2冊目の写真集『いま』(青幻舎刊)を刊行したばかりの頃だった。理屈の一切ない子供達の無垢で強力なエネルギーに揉みくちゃにされ、まさに生れ出る瞬間の命の姿を正面から撮影し、追って走っていた、陣痛が始まって24時間以上も生まれないお母さんもいたし、接写しすぎて息む妊婦さんの羊水をかぶった事もあった。人間の生れ出る現場、その瞬間、その場では何が起こっているのか、誕生とは何だろう、母の卵巣で灯された命の記憶は血と肉に刻印され、生活している我々の今この瞬間も己の感覚に直結して繋がっていて、最初に刻印されたその感覚は人間が死ぬまでの人生のそれぞれの羅針盤になっているように感じる。人間という肉が、命という巨大な存在がまたしても己の意識とちっぽけな存在を包み込み飲み込んだ、その生の存在は心地よかったが、同時に死という圧倒的な無の世界が広がっている実感は、自分の中で命とはそういうもの、という学びだけではすでに終わらせる事ができなくなる体験だった、一冊目の時より命の記憶や肉の存在とそこから発せられているエネルギーに関して更に自覚的になり、命へと繋がっていく知りたい、近づきたいという欲求は自分の中で決して排除できるものではなかった。

    2005年、仕事の撮影で訪れたタイで、巨大なビル型ソープランドの立ち並ぶ街に行く事になった。

    (日本にも飛田新地など置屋街は行った事があるが、飛田はそれぞれ別棟で一戸につき一人の女性が店の入り口で客を出迎える形式であり、そういった置屋が一区画に林立はしているが、一つの部屋に小さくとも30〜50人、大きい所では100〜200人ほどの女性が待機しているような店は日本には一軒たりとも無く、その規模において自分は世界中でバンコクを超える場所を知らない)

    店の基本的な形として、大小様々だが建物の内部に金魚鉢と呼ばれる女性達の客待ちスペースがあり、そこはガラス張りだったり、そもそもガラスの仕切りが無い店もある。女性の容姿がわかりやすいように待機スペースはひな壇型に作られていて、女性達は番号札をつけ、裸の状態ではなく、衣服を着た状態で、ひな壇に座って客を待つ。客は女性を選ぶと同じ建物内の個室に移動して行く。客が女性達を選ぶ金魚鉢前のスペースは、酒を飲むようなバーになっていたり、ベンチシートがならんでいたりと様々で、飲み物を飲めばお金はかかるが、希望者は誰でも無料で入場する事ができる。そしてこのような建物の中の金魚鉢だけではなく、バンコクの街角ではまったく一般の人々が行き交う通りに面した金魚鉢も点在していて、お店に行くつもりのない無関係の老若男女も、客待ちをする彼女達の姿を彼方此方で見る事ができる。つまり、客待ちをしている女性達の前に広がる客のスペースは、個室でも、密室でも、私的な空間でも全くない、希望者であれば、誰でも出入りができるほぼフリーなスペースなのが事実。

    自分は最初何も知らずに立ち入ったのだが、突然現れたその光景に愕然とした。公然とした売買春の現場である事、そのシステム、そのスケールの大きさにもだが、女性の待機スペースは常にすべて客側の一方向に向けて作られており、寿司詰め状態で待機する大勢の女性達の凝縮された視線は、ひょっこり入って来た客に一斉に集中し、男は女性を見ているつもりが逆に自分が見られている感覚になるほどの視線の圧力を感じる。そこにいるすべての女性にそれぞれの全く違った思いと事情がある、しかしそこは、肉欲を求め満足させるというたった一つの目的だけがすべてを支配している空間、金を稼ぐ為に、ただ客の肉欲に対応する準備をして女性達はそこにいて、男達はそこに群がる。その場を支配する目的がシンプルで、単一的で、原始的であるほど、その集合体が発するエネルギーは人間の根源的な動物としての欲望と本能をかき立て、濃い生と死の匂いを放つ。本来セックスとは種の保存を目的とした非常に野性的で動物的なエネルギーの交換行為であり、現代では一対一で行われる事が普通とされている世の中で、このような肉欲の満足のためだけの原始的で刺激の強いエネルギー交換の場が集合体(店で乱交しているという事ではなく、金魚鉢の存在の事を指す)として公然と大規模に存在し、強いエネルギーを発散しているのを自分はバンコクの金魚鉢で初めて見た。その寄り集まった人々の肉のエネルギーはすでにそれぞれの私情を超え、飲み込み、まったく原始的で、動物的な肉の叫びが共鳴し合っている大きな命の塊の前にいきなり自分は立たされたようだった。その大きな命の塊を前にした時、すでに自分の中で今まで繋がってきた命へ、肉への文脈が一直線に繋がってしまった。売買春における様々な価値観や倫理観、それぞれの感情や思いとは全く別の、人間の肉体、命の領域、億の精子が卵巣を目がけて突き進む姿、精子と卵子の結合、細胞と細胞のぶつかり合い、ミクロの世界での、人間の作った小さな価値観など遠く及ばない領域での激しく壮大な命の衝突と発生の記憶を、金魚鉢のまえで自分は瞬間的に体感してしまったようだった。非常に身勝手な事は充分承知しているが、あの当時、撮影者である自分にとって、もうひく事の出できない状況になっていた。売春宿の現状を社会的に訴えたいのでも、女性達の人権や尊厳を蹂躙したいのでも、写真表現や芸術の為などでも一切なく、自分の知る限りの世界で稀に見る限られた区域でしか発生しないエネルギーの渦に、一個の命としてカメラと共に体でぶつかってみたい、飛び込んでみたい、ただそれだけの思いが涌き上った。それはそこでうごめくエネルギーと自分の命の引き合い、共鳴でもあった。

    自分が撮影場所にした金魚鉢では、ほとんどの場合、カメラにバッテンマークが描かれている撮影禁止のステッカーや張り紙がデカデカと貼付けてあり、撮ってはいけない場所なのは誰でもわかる。最初に仕事で行ったタイで撮影は一切せず、完全に自分の撮影のためだけに再度タイ、バンコクに向かった。

    最初は現地のコーディネーターに仕事として、お店に対する撮影許諾、働く女性に対する許諾を依頼して、もちろん自腹で巨大な金魚鉢を貸し切るわけにもいかず、中規模で撮影許諾ありの店を十数軒撮影した。そこで出会った女性達の表情は、屈託がなく、軽やかで、とても美しかった。自分の撮影のために、お店の空き時間や休み時間にわざわざ出て来てもらったりして、戦闘態勢に入っているお店での精神状態は一旦リセットされ、前もって撮影される事に準備をし、彼女らは一人一人見せたい自分の姿で現れた。それ自体は非常に素晴らしく美しい姿であり一対一で撮るポートレートとしては良い写真になったのだが、今度は2〜30人の集合体としてガッチリカメラ目線をもらって撮影しても、前もって撮影の為の準備のされた精神状況と場で行われる撮影は彼女達から発せられる、気が、エネルギーが、静かに整い落ち着いており、職場の広告写真、又は職場での記念集合写真のようになってしまい、自分が出会った初めてのあの瞬間の、むき出しの破壊的なエネルギーはそこには無く、その場で流れるエネルギーの周波数のチャンネル自体が別の物になってしまっていた。十数軒の許諾有りの店と百人以上の許諾有りの人を撮影し、自分はその違いに愕然となった。

    金魚鉢での彼女達の強力なエネルギーにぶつかるために、許諾は逆に障害になってしまう事を悟りゲリラ撮影に手法を切り替える事にした。

    客の入ってくる一方向に向って座っている女性達に対して、自分は一人の客として入っていき、金魚鉢の真ん中の真正面から、カメラを構え撮影した。まず撮られている女性達が撮影者である自分の行動に瞬間的に気付く。店員や用心棒や他の客、誰にでも自分の撮影行為は瞬間的に目視で確認できる、それほど目立つ場所のど真ん中で自分はカメラを構えた。撮影のチャンスは1シャッターしか無い。1シャッター目で気付いた女性達は、2シャッター目では顔を背けたり、手荷物で顔を隠したり、その中の2〜3人はひな壇から降りる人もいた(パニック状態というインタビュー中の自分の表現は大袈裟だった)。しかしほとんどの女性はひな壇に座ったまま動かず、場内がパニック状態になる事はなかった。なぜかと言えば、自分のような撮影禁止場所にもかかわらず写真の撮影をしようとするバカな観光客など世界中におり、たぶん1日に何人か居るのかもしれない、そのため店としては大きな撮影禁止ステッカーを貼り巡らせ注意喚起を行っている、それでもカメラを向ける人間がいれば5秒以内には用心棒が走って来て取り囲まれる。フラッシュを発光させながら、パニック状態に陥って逃げ惑う女性達の背後をカメラを持って追いかけ回すような物理的時間など全くなく、自分はそんな事をしたいという意思など微塵もない。女性達があまり慌てないのは、自分のしたような瞬間的な無許可撮影には慣れっこで、たまに現れる変な観光客の一人という捉え方しかしなかったからだろうし、店側はそういう私のような馬鹿には常に迅速に対応するからだ。取り囲まれると、馬鹿な観光客を装い撮影を止めた。場内が自分の撮影行為で異常な混乱をきたす様な場合が、もしあったとしたらそれ以上の撮影も絶対しなかっただろう。

    タイでは民間人がけっこう普通にピストルを持っている。民間人の拳銃所持はタイで違法なのかどうかは知らないが、店の用心棒などが拳銃を携帯している可能性は非常に高い。誰からも見えるその場所で一人カメラを構える事が、また、それを他の数店で繰り返すと言うという事が、自分の死のリスクを発生させる事もわかっていた。それほどまで、あの当時の自分は人の発するエネルギーに、引き寄せられ、非常に強く呼応する自分の肉と、命の引き合いから逃れる事ができなかった。シャッターの一押しが、まるでロシアンルーレットの一回の引き金のように感じたが、惹きつけられている大きなエネルギーを前に、そのエネルギーに飛び込まない事、シャッターを切らない事は、大袈裟に自分の人生の敗北と終わりを決めてしまう行為のように思えていた。自分はシャッターを押した、引き金を引いた、幸運な事に実弾が自分のこめかみを貫通する事はなかった。

    現地コーディネーターが「こんな事を繰り返していたら殺される」といち早く離脱して行ったのは当然だったと思うが、あの集団の命の発するエネルギーは、学校の集合写真などで発せられるそれとはまったく異質のものであり、あそこに、男娼が混ざってていたとしても、または、男娼だけだったとしても、男女の性も、国も、職種も、思想も宗教も全くもって、一切関係なく。そのある、非常に限られた方向のエネルギーを発する命の塊があれば自分はその正面でカメラを構えただろう。

    エネルギーに対して真ん中の真正面からぶつかる事だけを願ってゲリラ撮影に踏み切り、そのために死のリスクもいとわなかった自分が、誰の目を恐れ、盗撮や隠し撮りなどという姑息で無駄な事をする必要と理由が、一体どこにあったと言うのだろう。コソコソ隠れて行う盗撮などでは断じてない。自分は、撮影禁止場所での無許可のゲリラ撮影をその空間の真ん中の真正面で、瞬間的にだが、行ったと言う事だ。

    悪自慢や、芸術自慢をするために命をかける程自分は悪でも、芸術家でもない。自分は自分の命の反応と、人間の命が響きあい、ぶつかり合う事で発する自分を遥かにしのぐ大きな命のエネルギーにただただ飛び込みたいだけの一個の命だったにすぎなかった。

    今回ネット上で掲載された自分の作品に対するインタビューによって人々の誤解を生み、喋り言葉がそのまま文字ヅラとして並ぶと、伝えたい言葉の本質と違う方向に受け止められて、初見の人達に、時には不必要に不安や敵意を煽るような印象を与える記事内容になってしまった事、またそれをしっかりチェックし正さなかったのは、自分の不徳の致すところである。そして、当時タイで自分のゲリラ撮影の現場に居あわせたタイ人等の方々に対し、ご迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます。

    東京都写真美術館での「スティルアライブ 新進作家展」に於いて2007年11月〜2008年2月迄展示された、タイの金魚鉢で撮影した3点の写真については、被写体の方の事情や諸般の事情を思い合わせ、今後、新たな展示や掲載を差し控えたいと考えます。

    私たち人類は、肉から生まれて来たのだ。

    その事実から目をそらしてはいけない。
    人は現代を、ハリボテの様な後付けの論理と理屈で作られたルールに則って生きている、ただそれだけの生き物なのだ。
    時代性でコロコロ変化する後付けのルールではなく、自分の肉のエネルギーを通した感覚と反応という人類誕生以来ずっと一貫して揺るぎない生きるための本質的な命のルールに目を向けるべきだ。
    あらゆる方角と次元から発想を巡らす事ができる人間の持つ小さな想像力と、感受性、それだけが人類最後の武器だ。
    全ての人類の持つ、能力の限界の壁を前に、自分は頭の良い知的生物だと言う単なる勘違いを捨て去り、自分の肉が発するエネルギーと、他の人間との肉と肉のコミュニケーション(性交と言う意味ではない)に注目する事が出来たなら、人は自ら、その真の姿を知り、自覚する事になるだろう。自分とは。命とエネルギーの正体に近づく試みを重ねる事でこそ、今やるべき事がはっきり見えてくると自分は信じている。

    | - | 00:00 | comments(34) | trackbacks(0) | - | - |
    撮影しちゃいけないところで撮影するな。
    長文の言い訳うざいんだよ。
    死ね。
    | 山田十三 | 2015/01/08 8:17 PM |

    写真という表現手段ではなくても、
    肉を生を、表現することはできます。
    写真という表現方法にも限界というものがあるのかもしれないですね。
    | 中村智子 | 2015/01/08 9:33 PM |

    あなたこそ批判している人の意図を全く理解していない。
    コソコソ撮ったんじゃないとか他にもそういう人はいるとかそういうことではなく、セックスワーカーの人の仕事の範疇外のことをあなたがあなたの勝手な理屈で一方的に強いたことが問題なのでは?
    | 米 | 2015/01/08 10:27 PM |

    生とか死とか撮影禁止とか極端なテーマ以外での大橋さんの写真に唯一無二の魅力を感じます。
    カメラを持ったら誰でも考えつくようなシチュエーションは三流写真家に任せておけばよいと勝手ながら思っています。
    しかし、大橋さんご本人が撮りたいものを撮ることを自分は否定は出来ません。
    | 鳥頭 | 2015/01/08 11:00 PM |

    口汚く罵るような場を弁えないコメントは参照するに値しませんが、
    真摯な批判には耳を傾けるべきだと思います。
    それに自粛などで応えることが芸術の義務であるはずもなく、
    それを新たな作品で応えるために。
    | 馬車道 | 2015/01/09 12:23 AM |

    口汚い言葉を浴びせられるようなものを世に出したのだと自覚すべきでは?

    自分の撮ったもの、表現したものに対する反応まで自分の尺度にあったものだけ選別するなんてとんでもない事をいう人がいるものですね。

    人間の意志を無視した行為は、いつまでも狭い世界で批判されてるだけではすみませんよ。当たり前に次の作品など、なにをいってるんですか?

    写真や芸術を盾に非道な事を押し通す人を表現者にはしておかないでしょう。
    あなたの行為は芸術を脅かしています。
    | ASIA | 2015/01/09 12:44 AM |

    謝罪風開き直り文をよくこんな長ったらしく書けるな。
    結局何が悪いか本人がわからないんだもんな。
    どうしようもない
    | は | 2015/01/09 1:09 AM |

    あなたがマトモな感覚を身に着けないと、写真業界が(マトモな人がいるのならば)自主規制を始めます。
    写真業界にマトモな人がいないとなると、今度は法律で規制されることになります。
    自分勝手な行動で他の写真家に迷惑をかけていることを認識するべきなのでは?
    | 写真愛好家のおけん | 2015/01/09 10:27 AM |

    自ら人権侵害や職業、女性差別を体現して世の中に問題提起するとはすごいですね!
    同じ日本人として恥ずかしく思いますよ。
    | 鈴木 | 2015/01/09 11:18 AM |

    「強力なエネルギーにぶつかるため」ゲリラ撮影に切り替えたとありますが、「馬鹿な観光客が無断で撮影することもあるので彼女たちはゲリラ撮影には慣れっこ」……?
    そんな慣れた空間でそもそも強力なエネルギー、とやらにぶつかれるのかが、疑問です。
    フォントサイズがめちゃくちゃ大きいですね。筋の通っていない文章と合わせて、読みづらかったです。
    | - | 2015/01/09 3:00 PM |

    「被写体の魅力」
    「大橋さんの危険や苦労」
    「大橋さんが写したい、表現したいこと」

    すべて、今回の批判とは無関係なんです。

    「彼女達は守られていた場所で売春していたのに、その写真が海外で芸術作品になっている」

    が問題なんだと思います。
    大きいエネルギーと共に、小さな個人の恐怖へも向きあってみてください。そこにも芸術があると思います。
    | 今田 | 2015/01/09 6:50 PM |

    ハリボテの様な理論と理屈を駆使しているのは貴方の方では無いのだろうか。

    貴方が撮りたい『肉のエネルギー』、その表現を可能にするのは紛れもなく被写体となる『人(ひと)』であり、それが『他人(ひと)』である限り越えてはならない一線がある。撮影、展示、掲載、どの段階であれ相手がNOと言うのなら、その先には進んではならない。ルールやモラルの話では無い。マナーだ。人が人と接する上で一切の例外無く最低限守らなければならないこと。それを蔑ろにした表現が成り立ち、価値が認められる時代はとうに終わっている。誤った手段を正当化する目的も、誤った手段に拠って得られた評価も、どちらも恥ずかしいものではないだろうか?

    貴方に対する批判の多くは、貴方の認知の歪み、認識の誤りや拙さ、偏りに対するものだ。人々が費やしたエネルギーに真摯に向き合われることを願う。それも表現者としてのマナーだろう。マナーとは自分自身を守る為のものでもある。
    | Jack Daniels | 2015/01/09 11:00 PM |

    ところで、既に写真集に収められているという『(親友の)彼』、こちらについては何も無いのだろうか。
    貴方が『出会った』あの『彼』については?

    http://www.tomokosuga.com/articles/oh-nipporn-part2/6/
    | Jack Daniels | 2015/01/09 11:11 PM |

    彼が、撮られたくない状況で、別の国のカメラマンに撮られる側になって、訴える手段もなくて泣き寝入りして。そして初めて、自分の行った行為の取り返しのつかない暴力性と、こうした謝罪の無意味さが分かるのかな。
    | MO | 2015/01/10 3:21 AM |

    大橋仁さんの文章、嘘がなくて、堂々としていて、とてもいいです。
    非難してる方々に言いたい。あなた方は自分の日々の行動にどれくらい自覚的ですか?例えば普段何気無く使っている携帯電話や衣料品、食料品、水や紙などが、どこからどういった方法で自分の手元にやって来て、役目を果たした後にどうなっているか知っていますか?あなた方が家族や友人や仕事の同僚・上司・部下に接している態度や言葉が、どのようにその方々に伝わり、どういう印象を与えてるか、想像したことはありますか?
    大橋さんは、上記のような細かな生活の瑣末な出来事に紐付くさらに先の、生きるものの生命の神秘を探求しているのです。
    これをいわゆる法律や道徳の範疇で語っても全く意味が無いのです。定義している話題の階層が違うので、永遠に話が噛み合うことはありません。
    もし本当に大橋さんのしていることを心から辞めさせたいのであればー自分の心の崇高さ・清らかさをひけらかしたい、それによって気分良くなりたいだけでなければー確実に彼が納得する答えを用意するしか方法は無いと思います。
    あなた方はこの問題を解決するために命を掛けていますか?恐らくそうではないでしょう。
    あなた方が相手にしているのは、知るためなら命を掛けようとしている男なのです。
    | Y.K | 2015/01/10 4:12 AM |

    たかが盗撮を「命を懸ける」とか格好いい言い方する必要ありますかね

    生きるものの生命の神秘は結構なことですが、人に迷惑を掛けない範囲でやってから偉そうな口叩いたらどうでしょう
    | な | 2015/01/10 9:20 AM |

    撮られた女性たちが、本当に可哀相。
    親や彼氏や友達に内緒でその仕事をしている子達が大半だと思います。
    人が必死に生きている姿を、盗撮という形で切り取る必要はあったのでしょうか?
    この記事のように、あなたが目で見て感じたことをあなたの言葉で表すだけで、十分に生の瞬間は伝わっていますよ。
    人を傷つける必要はなかったと思います。
    | か | 2015/01/10 3:55 PM |

    他にも写真撮ってる人いっぱいいたんだしいいじゃん!ってことですか? 小学生みたいな理論ですね。
    そこにいた女性たちはあなたにとって都合のよいただの被写体ですか?
    自分のことだけでなく少しは相手の気持ちを考えたらどうですか。
    自分がされて嫌なことは他人にするな、なんてこと小さな子供でもわかりますよね。
    ああ、他人の気持ちがわからないからこんなことができたんですね....。
    | サノ | 2015/01/10 7:50 PM |

    やっぱり被写体に尊敬がないからこんなことになるんだろうな。
    | いのうえ | 2015/01/10 10:15 PM |

    大西さんの目には、タイの女性たちが慌てたように見えなかったようですが、だから何なのでしょうか。ピストルを持った用心棒のいる場所でゲリラ撮影をしたから、何?「タイ人等の方々」への「お詫び」風下りは、マニュアル風味のですます表現になっていて、あまりの軽さに失笑を禁じ得ません。
    なぜ批判されているか理解していないか、精神が崩壊するのが怖くて直視できないかのどちらかですね。支離滅裂で甘えた自己陶酔の文章を長々と綴るよりも、表現という行為が持つ業を直視してはどうですか。
    写真家に限らず、表現を志すものなら、誰かを傷つけたとしても、表現したい何かに出会ってしまうことはあるでしょう。それを表現したとき、表現者は同時に罪と責任を負うのだと思います。
    あなたの文章にはそういう表現に対する根本的な覚悟が欠けていると思います。表現という行為が持つ暴力性への後ろめたさがまるで感じられない。
    あなたは自分に酔いすぎなのでは?せめて今回寄せられた批判の本質から目をそらさず、自分で自分をしっかり育ててください。でないと、あなたが消費したタイの売春婦の人たちが浮かばれないように思います。
    | 137億年 | 2015/01/11 1:33 AM |

    恥を知れ。
    | sinjiraren | 2015/01/11 2:56 AM |

    ファインダー越しの出産やセックスだけにしか生を見出せませんか?そんなにも貴方自身の人生には何の生の彩りもないのですか。
    出産やセックスといった人生におけるイベント事が特別に見えるのは当たり前です。目立つものにメッセージ性を感じた気になるのは誰にでもできる事です。貴方の考えはそんなに浅いものですか?

    形外れな行動や型破りな考え方でもいいとお考えかもしれませんが、貴方のやっている行動はただの型無しです。

    人間をやめるような真似をした芸術家が主張する人間の素晴らしさなんて誰の胸にも響きませんよ。
    | 頑張って | 2015/01/11 3:57 AM |

    どこが命懸けだよ。
    この手の芸術家きどりって、ムスリムや北朝鮮、捕まったら死刑になるかもしれない中国とかでは絶対にやらないよね。
    命や心をかけたスゴイことはできないけど、周りに褒めて欲しい、典型的なキョロ充の行動過ぎて笑うわ。
    絶対に自分が安全な場所から、立場の弱いタイ人の女性をいじめて、それでも精神たもってるとかすごいわ…まあ、育てた親が悪いね。
    | も | 2015/01/11 9:39 PM |

    負けるな!大橋仁!あなたは間違ってない!こんな批判は気にしなくていい。時間は過ぎる。
    | ∞ | 2015/01/11 10:38 PM |

    写真展に行った者です。私はあの時大橋仁の写真をみて、今まで自分が持っていた風俗で働く方への偏見など、一気にどこかへ飛んでいってしまい、そんな偏見を持っていた自分が恥ずかしく思ったのを覚えています。とてもピュアな表情でした。写真展を思い出したので。
    | A | 2015/01/13 5:59 AM |

    他の方がリンクされているインタビューを拝読しましたが、今回の騒動は「人ってはどうしても下等だから」と人間を一言で括ってしまう傲慢さによって起こるべくして怒ったのではないでしょうか。作品をつぶさに拝見したわけではないのでこれ以上申し上げることはありません。
    | Kaoru | 2015/01/14 4:04 PM |

    堂々とゲリラ的に撮影しようがコソコソ撮影しようが
    撮影禁止の場所で同意なく撮影すれば盗撮ですよ。

    しかもその人権侵害行為を武勇伝のように吹聴する様子は、まるで前科自慢をするヤクザのようですね。

    詭弁を弄して自己の正当性を主張するあなたの行為は
    謝罪とはもっとも遠い行為だとおもう、このクズ肉野郎が。
    | やまなか | 2015/01/14 4:37 PM |

    発砲されればよかったのに。もう一度撮影場所に戻って金払ってこいや。謝罪なんかいらん。されても彼女らは胸糞だろ。金払え。最低限のことだぞくそが
    | ふな | 2015/01/14 8:03 PM |

    ゲスな行為に対して激しい怒りを感じ、ついつられてこちらまで
    ゲスな言葉(クズ肉野郎)で罵ってしまったことを深く反省しお詫び申し上げます。

    確かに、パニック状態に陥って顔を背けたり、手荷物で顔を隠したり、
    ひな壇から降りたりした人々(肉ではありません!)を無許可撮影するあなたの行為は
    とても暴力的で、精神的なレイプとでも言うべきゲスくてゲスくてゲスいゲスゲス行為であり、
    絶対に許されるべきではない許してはならない重大な人権侵害だとおもいますが
    たとえゲスの極みの盗撮野郎、卑劣漢、人非人に対してでも
    感情に任せて「このクズ肉野郎が」などと罵ったことは間違いでした。
    | やまなか | 2015/01/14 9:09 PM |

    外国人客が突然カメラをこちらに向け無断で撮影をはじめた。

    嫌だ!やめて!撮られたくない!

    恐ろしい、恥ずかしい、腹立たしい、
    悔しい、憎い、なんて酷いことをするんだ。

    でもそんな感情を出してしまえば、この“客を装った盗撮者”は
    ますます増長して「いい写真が撮れた」と喜ぶだろう。

    どんなに屈辱的な扱いを受けても、諦めて泣き寝入りするしかない…。




    ぐだぐだぐだぐだと御託を並べて自己正当化をはかるより
    一瞬でもいいから被害者の気持ちを想像することは出来ませんか?
    それともあなたには想像力がないのですか?
    | やまなか | 2015/01/16 10:50 PM |

    そう遠くない過去に、売春で生計を立てていました。
    タイで働いた(働かされた)経験もあります。
    そう。撮影禁止の紙があちこちに貼られているのに興味半分だかなんだか、写真を撮る男が大勢いた。

    当時の私は生ける屍だったからなんとも思わなかったけど。
    とりあえず股を開いておけば生きていける
    飢えずに済むのならそのていどの行為は屁でもなかった。

    周りもそんな女の子ばかりだった。

    あれが肉のエネルギーなんだ。そーなんだ。
    ただの、棺桶だったのに。あんなとこ。

    あなたのやった事は卑劣だわ

    言い訳も何も響いて来ない。

    もう止めてもらえますか。

    芸術って言葉で愚行を美化するの。
    欲望を満たしたかっただけなんでしょ

    芸術なんて

    糞食らえ ですわ。
    | 田中旬美 | 2015/01/16 11:02 PM |

    大橋さんのおっしゃりたいこと、よくわかります。これまで大橋さんの写真ずっと見てきましたから。

    批判してる方のおっしゃりたいこともわかるのですが、起こった事象に対して表面的に、一方的な想像で批判しているようにも感じます。何故、拒否反応を示してしまうのか、掘り下げて自分と向き合った末の言葉には見えません。だから、噛み合っていません。大橋さんに対して、同じ土俵で向き合えていない。
    | まりあ | 2015/03/16 8:48 AM |

    表面的で薄っぺらな擁護もうんざりですね、差別者迫害者盗撮犯と同じ土俵になんて立ちたくないよ。
    なにが“ピュアな表情”だ、それが差別だってこと気づきもしない愚か者が。
    | アナベル・チョン251 | 2015/05/27 9:49 PM |

    そこで働く方の尊厳・プライバシーを守るために、
    「撮影禁止」とされているところで撮影した、
    その一点を破った時点で、どんな擁護も弁明も通りません。
    それを破った時点で、如何に優れた芸術だろうと何の説得力も無く、単に犯罪行為の証拠が残るのみです。

    芸術作品としてどうか、の前に、
    「自分が同じようにされたらどう思うか」という、
    簡単なのに忘れがちな立場に立って欲しい。
    「自分ならばどうなってもいい」とお考えでしょうから、
    自分ではなくて「親が、兄弟姉妹が、恋人が、子供が」でもいい。

    それでも想像できないのなら、現代社会に生きる常識のある方とはとても思えません。
    | FOREST | 2015/05/29 1:26 PM |










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